...with max respect for maestro Jens Johansson.
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■STRATOVARIUS Interview with Jens Johansson(key) & Timo Kotipelto(vo) Jul. 2005





Stratovariusのニューアルバムは過去の作品とは全く違うサウンドだと言わざるを得ませんね。本当に大きく変化したというか・・・

J「Tolkkiがほとんどの曲を書いたからね。」

実際には彼が全曲を書いたということですが、どうのようにして書き上げたのでしょうか?

J「僕に訊かないでくれよ。Tolkkiはあの頃本当に不安定だったからね。ただElementsアルバムでのオーケストラを用いた方向性からは遠ざかりたがっていたのは間違いないと思う。良い選択だったんじゃないかな。 ”Element pt.3”を作ることには意味が無かったしね。音楽に関しては彼は常に頭の中は冴えていたよ。僕はTolkkiのStratovariusに関する構想をいつも信頼していたんだ。僕達は他に問題が起こったけど・・・ でも”Elements”シリーズに回帰することになったとしても、3作目を作ることは僕にとっては何の問題もなかっただろうね。僕はクラシックを良く聴くからさ・・・ でも(pt.3の制作には)意味がないだろ?」

K「実際には理由なんてなかったんだ。高い声で歌うことは出来るけど、それは単なるテクニックに過ぎないだろ?Tolkkiが9月にデモを聞かせてくれたときには、本当に驚いたよ。ヴォーカルパートが全く無かったんだけど、楽曲が過去のどの作品とも明らかに違っていたんだ。」

J「多くの人が何度も何度も僕達が同じ曲をプレイしていると批判しているけど、それは違う。僕達が加入する前の3アルバムを聴いてみて欲しい。あの頃のStratovariusは現在よりも曖昧なプログレッシヴ路線を進んでいたんだ。QueensrycheとPink Floydなんかを混ぜた感じのね。次の2アルバムではよりダイレクトなパワーメタルをやり、そして”Elements”シリーズではあのような深いシンフォニックな手法を取った。Tolkkiは常にバンドのサウンドを変化させようとしてるんだと思う。彼は優れた直感を持っていて、最終的には、その、こういったもの全てが失敗作だったなら、僕達はこうして君と話していることも無かっただろうし。」

K「特に最初の2曲は過去の曲とは大きく違ったサウンドになっていると思う。”United”や”Just Carry On”なんかは過去のアルバムにも容易になじむタイプのものだろう。最初の曲はどちらかと言えばロック、思うに現代ロックかな。実際にアルバムを聴いてみて驚いたよ。Tolkkiはミックスをやる予定だと言っていたし、エネルギーに満ちていたけど、僕はこのアルバムがどういうサウンドになるかは分からなかったよ。それまでTolkkiは何年も一度だってミキシングなんてやったことがなかったからね。”Twilight Time”のミキシングは彼がやったと思うけど。」

特徴のあるサウンドではありませんでしたが・・・

K「そうだね、でもあれは小さいスタジオで作ったものだし、予算なんて全く無かったからね。」

ここ1年半の間、バンドの中で多くの出来事がありました。全てのファンはあなた達の口から直接何が起こったのかを聞きたいと思っているのは間違いないと思います。また彼らはマスコミに100%正しいと確信できないような作り話を勝手に書かせることは望んでいないとも思います。

J「何が起こったのかを理解するための鍵となるのは、Tolkkiが躁鬱を患っていたのを考慮することだ。彼は自分が病気だと分かっていたけど、それが何の病気なのかが分かっていなかったんだ。その問題を解決するためにセラピーを受けたけど、結局彼には薬物による治療が必要だということがはっきりした。Sanctuaryレーベルとの契約が一連の事件の発端となった。大金がバンドに入って来ることで、Tolkkiは何がバンドのためになるのか否かについておかしなことを考え始めたんだ。当然過去に色々なことを巡って口論があったけど、バンドというものにはこういうことは良くある話でね。不幸にもそれが過熱して、Kotipeltoがバンドを去ることになってしまった。彼らはサヨナラと言ったけど、それは礼儀正しいものではなかったよ。彼はJorgとも対立してしまった・・・ 彼は頭のどこかでこの2人がStratovariusにとって障害になっているんだと信じていたんだと思う。あの時のTolkkiを御するのは僕には不可能だったよ。Kotipeltoを解雇したのは大きな間違いだった。絶対にこのシンガーをクビにしてはいけない。そんなことをしても絶対に上手く行かないんだよ。」

で、女性の後任シンガーを迎え入れましたね・・・ 実際にKatrinaはStratovariusには上手く馴染んだのでしょうか?

J「バッチリだったよ! 彼女の話も悲劇だったよね! 彼女は自分がどこに向かって進んでいるのかあまり良く分かっていなかったんだ。ある日電話がかかってきて”今日からStratovariusのメンバーだよ”なんて言われたわけだから、彼女はどれほど驚いたと思う? 彼女には自分のバンドがあったし・・・」

そうですね、しかしデモを発表しただけに留まりました・・・

K「それなら君のほうが僕達よりも良く知ってるよ・・・」

J「彼女はあのタイプのシンガーとしては上手かったし、人柄も良かったけど、運悪く”台風”に巻き込まれてしまったんだ。本当に残念だよ。それについては後で話をすることにして、本来の質問に戻ろう。Tolkkiが完全に”躁”に陥ってしまった2003年の12月に溯るけど、Tolkkiは完全にプロ用の設備を整えた大きなスタジオを借りていた。そのときだったんじゃないかな。彼の心中で、いくつかの問題は自分の力で解決できるだろうという確信が生まれたのは。もちろんそれが上手く行くはずも無く、レコーディングの予算が莫大な数字に膨れ上がり銀行から資金を借りるに至るまでに長くはかからなかった・・・ もう察しがついたよね?ほら、しばらくの間彼は僕の兄にまでバンドでプレイしてもらっていて、その流れでバンドのウェブサイトでAndersがStratovariusに加入するためにHammerfallを去ったと発表してしまってさ。彼がどれだけHammerfallの連中を混乱させたかは想像できるよね?それから変なことを言い出すようになって・・ 彼はもう少しで自分が苦労して作り上げたバンドを壊してしまうところだった。彼は方々から借金をしたけど、レコーディングそのものは頓挫してしまったんだ。シチュエーションは非常に混沌としていて、TolkkiはKatrinaとのフォトセッションを手配したけど、一度も彼女とリハーサルなんてしなかったんじゃないかと思う。ウェブサイト上でヒトラーやカバラに関してクレージーなことを言い出したりもしたし。Tolkkiとは何時間も電話で話をしたけど、スタジオの件については一言も触れなかったよ。彼の計画はとても無秩序なものだった。それから、僕達は出演が決定していたフェスティバルのギャラを既にたくさんもらっていたことも忘れてはいけないね。あれらのフェスティバルでは僕達はオリジナルのラインアップで出演しなければならなかった。プレイするしかなかったんだよ・・・ ほら・・・ Tolkkiは2,3日ほど女性のドラマーを起用したような気がする。それが上手く行かなかったから、TolkkiはKatrinaをシンガーに起用しながら、ドラマーも探していたんだ。そういうわけでJorgにはアルバムの仕事をやってくれるように頼んだんだけど、その時点でJorgはSaxonに参加していたんだ。なんとかJorgは何日か休みをとって手伝う決心をしてくれた。そこでTolkkiはMetallicaなんかがレコーディングで使いそうな、古風な劇場のような巨大スタジオみたいなのを建てた。ドラムをレコーディングするためにね。Jorgがレコーディングでやって来たその日にTolkkiは重篤な状態に陥ってしまった。Tolkkiはある時点で初めて”これは上手く行かない”と悟ったんじゃないかな。”化学的にも”こういうことになるのを覚悟していたんだと思う。2週間彼は妄想じみたことを考えていたようだね。そのほとんどはウェブサイトで読むことができるよ。彼は完全に現実世界からトリップしてしまったんだ。病院に行くと、医師が躁鬱病だという診断を下すのにさほど時間はかからなかった。最初はTolkkiはそれを信じようともしなかったよ。医師はTolkkiの奥さんには典型的な躁鬱病だと告げた。ほら、彼らは毎日のようにこういう患者に接しているからね。Tolkki自身は当然その疑いを持ったことがなかった。問題があるのは分かっていたけど、そんなに深刻なものではないだろう、とね。自分がどれだけ自殺に近いところにいたのか、ということに一度も気づかなかったんだと思う。幸運にもJorgはなんとかドラムパートを録り終えることができた。でもそれが何に、またはどのように使われる予定だったのかは僕に訊かないでくれよ。Jorgでさえ録音したドラムパートがどのバンドに使われるのかなんて知らなかったんだからね。あの時期のTolkkiは何をする能力もなかったんだ。朝食だって満足に作れなかったからね。14時間寝て、起きて、何時間もベッドで泣いてまた寝るの繰り返しだったんだ。おそらく薬がこういう反応を引き起こす一因になったんだろうな。言うまでもないけど、Tolkkiは仕事なんて出来なかったんだよ。ハンバーガーにチーズを入れるか、それともハムを入れるのかも決められなかったし。Tolkkiから電話がかかってきて、何時間も薬の問題について話もした。僕はいつも薬を飲むのを止めるなと説得しなければならなくてさ。手短に言うとこういう感じだね。少し具合が良くなった時点で、Tolkkiはもう一度Kotipeltoと連絡を取ることにしたんだ。彼らには話し合うべき問題がたくさんあったからね・・・」

K「もちろんあれが最初じゃなかったよ。僕がバンドを去ってからTolkkiに会ったのは。僕達はショウのステージで何度か顔を合わせたけど、全く口をきかなかったんだ。一緒にプレイはしたけど、気持ちなんて全くバラバラだったよ。楽器を演奏する人間は機械的にプレイすれば良いけど、シンガーは歌に心を込めなければいけなかったのが僕にとっては辛かったな。僕はステージに立ってただ歌っていただけだった。何かがおかしいというのがファンにも分かったんじゃないかな。Edguyのサポートアクトを2・3ほどやった際に、Jensに手伝ってくれるように頼んだんだけど、そこでは以前のような気持ちが再び戻ってきたんだ。Stratovariusにいた頃が甦った、みたいなね。ショウが終わると僕とJensはいつも飲んだくれていて、そこでしつこく僕にTolkkiと話をしろってせっついてくるんだよ。その頃はそんなことはしたくなかったんだよ。結局12月の初めにTolkkiが接触してきて、会う気があるかどうかを訊いてきた。Tolkkiが僕の家にやってきて、5,6時間ほど話をした。それまでの3,4年間、僕達はろくに話をしたことがなかったんだ。当然広く音楽について話をしたけど、バンド内で起こった事件については全く話をしなかったよ。それで一緒にサウナに行ったんだ。フィンランドでは重要なことを話し合うときはサウナに行くものなんだよ・・・ サウナって知ってるよね?」

私はアテネに住んでいるもので・・・

K「そうなのか。じゃあ町中がサウナみたいなもんじゃないか!(爆笑) それから彼は次のアルバムでなんとか歌ってもらえないだろうかと尋ねてきた。僕はまず曲を聴かせて欲しいと彼に言ったんだよ。というのも僕はあまり”Elements”アルバムが好きじゃなかったからなんだ。僕はメタル寄りの人間だから、シンフォニックなものはあまり好きじゃないんだ。ところが僕にとってそのデモは嬉しい驚きだったよ。それらの曲は”Elements”のそれとは全く共通点がなかったんだ。だから僕達メンバー全員は僕の家でミーティングを開き、”僕達に求められているのは、単に元の鞘に収まってアルバム作ることじゃない”という結論に至った。バンドではそれぞれが限界以上の力を発揮しなければダメだ、ということだった。」

J「それ以来、雰囲気が良くなったよ。僕達は弁護士や精神科医じゃなくて、ミュージシャンなんだ。一旦スタジオに入れば、物事は非常に速いペースでスムーズに進んで行った。長い年月を過ごしてきたこのバンドでもう一度仕事が出来るチャンスを得たんだ、という幸せな雰囲気があった。」

あなた達の音楽には個性が欠けていると批判する人も多いようですが・・・

J「それは真実ではないと思うね。さっきも言ったように、年月を経てStratovariusの音楽性は大きく変化した。それとは別に、ほら・・・ 仮に君が同じメンバーから成る、同じ音楽、例えばメタル、ロックやスラッシュなんかをプレイしている、とあるバンドに在籍しているとしたら、どれくらいバンドのサウンドを変化させることが出来ると思う? 一部の人がそういうことに過剰に反応し過ぎているんだと思うな。」

今日もStratovariusのミュージシャンとしての平凡な一日だったのですか?

K「そんな日はこの3年間一度も無かったね!」

最後にこのウェブジンに一言お願いします。

K「”Stratovarius”は僕達の新たな出発点だよ。気に入ってくれるファンもいれば、そうでないファンもいるだろう。だけどそれは仕方がないことだよ。時間を割いてくれてありがとう。間もなくギリシャに行くことになるから、そこで皆に会えるのを楽しみにしているよ!」


インタビュー原文

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